先日職場で、あるマレーシア人女性に一冊の本を差し出されて驚いた。「これ…差し上げます」「えっ?」普段はあまり口をきくことのない、物静かでシャイな感じの女性である。それが驚いた理由の一つであるが、もう一つは、その本が風水の本だったこと。私が実は風水オタクであることはあまり周囲の人には知られていない。増して殆ど話したこともない彼女がそんなことを知っている由がない。それなのに…。呆気にとられている私を後に「それじゃ!」と彼女は帰宅してしまった。
家に帰って開いてみると、その本は中国語と日本語で書かれていた。日本語の訳はかなりアヤシイものだったが、まあ言いたいことは理解できた。後ろのほうに「この本を得た福徳因縁」というページがあり、「縁でこの本を手に入りましたら(!)大事にしてください」などと書いてある。
後日、またそそくさと部屋を出ようとしている彼女を捕まえて聞いてみた。「風水、なさってるんですか?私も実はすごく興味があるんですよ。」そうすると普段はもの静かな彼女が饒舌になった。ずっと風水を学んでいること、今度日本に行って学びたいこと、少しだが知人に鑑定もしていること…等々。
世の中に「偶然」はない、とどこかで読んだことがある。「偶然」には何か意味があるのだ。広いシドニーで不思議なくらい何度もばったりと会った友達がいる。彼女とはこれから一生の友である予感がしている。夫とも、お互い別の車を運転し、全く別の所に行った帰りに道路で出くわしたことが2−3回ある。(その一度は結婚記念日だった!)
運命的なものさえ、最初は「偶然」という形で始まるのだろう。私がオーストラリアに来た発端も思い返せば「偶然」だし、この世に生を受けたこと自体、「偶然」の奇跡だと思う。いつか彼女に風水鑑定を頼んでみようか、と考えている今日この頃である。


